新型融着機S001 開発の裏側に迫る
電柱の上で風に揺られながら光ファイバーをつなぐ職人たち。その手には、古河電気工業株式会社(以下、古河電工)が生み出した最新の融着接続機「S001」が光を放つ。職人たちの手に馴染み、過酷な現場でも確かな役割を果たすこの小型機。今回は、そんな「S001」に込められた開発者たちの熱い思いと、その舞台裏に迫ります。
古河電工より、1990年から融着機の開発一筋、ファイバ・ケーブル事業部門部長の田邉明夫様をお招きしてその開発秘話をたっぷりと伺いました。
日本市場へのこだわり

新型の融着機S001を開発されるにあたって、お客様へのヒアリングを相当数こなされたと伺いました。かつて、当社のお客様からの「2心テープ用の融着機が欲しい」との声にご賛同いただき、2心融着機 EZD01M2が開発されたという経緯もありましたが、今回はどのような声がありましたか?
何百人もというわけではありませんが、かなりの数のお客様から私も直接話を伺いました。
社内でもVoC(ボイスオブカスタマー)を製品開発に欠かせないものとして、いかにリアルにお客様が必要としているものを吸い上げられるかを重要視しています。
2000年代の前半からは視線が海外市場に向いていたこともあって、海外で売れそうなものを企画して、それを日本国内でも販売する、という順番になっていました。そうすると、どうも日本のお客様の反応はイマイチということが続いていたんです。
今回のS001の開発にあたっては、まずは本当に日本で売れるにはどうすればいいのか、というところから始めています。日本専用の機種として開発し、実際に今この機種を販売しているのは日本だけなんです。
例えば、「小型化」という点で競合と比べて見劣りしているという声がありました。うちでも2001年にFTTH用の片手で持てる融着機を出していて、これが好評だった経験があったものですから、この方向で行きましょうと。
ただ、個人的にはホントかなあ?って。手が2本しかないのに片手で融着機持ったら、もう片方の手で何ができるんだろう?と思っていたんです。
軽量化と片手持ちへの挑戦
そこで、ある時お客様のところで「片手で持てるってメリットありますか?もう残りの片手しか残っていないですよね?」と聞いてみたら、その方が言うには「いや、私には指が10本あります」と。
伺ってみると、クローゼットの中のような狭いところですとか、壁からでているファイバーの長さがちょこっとしかないとか、アクロバティックな状況があるらしく、そういった状況では無理やり融着機を近づけて作業するようなことがあるらしいんです。そういう特殊な状況でも使えるように、片手で持てて作業できるのが良いとおっしゃるんです。
なるほど、では片手で持てるというところにこだわって開発しようとなりまして、「世界最軽量」を目指そうということになりました。よく開発秘話なんかである、1g削るのに苦労をしたというようなことを積み重ねて開発しました。ですので、本当にコンパクトに軽くできているので、難しい環境で作業をする方にはぜひご利用いただきたいです。一方で融着機を持って作業するようなことはないお客様だと、引き続きS124(幹線用多芯光ファイバ融着機)のようにがっしりしたものを選ばれるお客様が多く、お客様の状況や好みにお応えできるラインナップになっているかと思います。
お客様の声から生まれた多彩な機能
量産するにあたっては、他にも様々な課題があったのではないでしょうか?
苦労したという点では、防滴性能です。融着機は構造も複雑で動くパーツも多いものですから、水が入ってこないようにするというのが意外と難しくて。
耐衝撃性にも優れていると伺いました。
あれですね、76センチから落としても大丈夫という。
今回の製品ではないんですが、初めて当社の融着機の耐衝撃性が76センチまで保証できるようになった時に、販売店さんに来て頂いて「うちの機種も76センチから落としても大丈夫になりました」と言ったら、「落としてみろ」ということになって。
できたばっかりのプロトタイプで1台数百万円するものですから、手が震えました。
デモンストレーションとして落とすというのは目立ちますが、この76センチというのはTelcordiaという通信機器向けの規格で定められた落下試験の高さの基準です。実際は飛行機や車で長時間ガタゴト揺られた後でもきちんと動くかどうかも試験を行っています。
修理や保証の体制はいかがでしょうか。
製造終了後6年間は基本的に修理用のパーツが供給できる体制を維持します。その間修理依頼いただいた場合にはそのパーツを使って修理します。
ただ6年を超えても、例えば何らかの理由でその部品が残っているとか、あるいは後継機で同じパーツを流用しているという場合は修理対応が可能な場合もあります。
長く同じ機種を使っていただいているお客様というのはいらっしゃって、イメージとしてはもう融着機は「相棒」なんですよね。こいつとずっと仕事やってきたんだと。もう酸いも甘いも全部わかってんだから、変えたくないんだっていうお客様は確かにいますし、自分が職人だったらもしかしたらそうかなっていう気もしますよね。そういったお声にもできるだけ応えていきたいと考えています。
これらの他にも、ユーザーからのご意見を元にして開発された機能などはありますか?

このS001の脇に鉄板を仕込んでいて、ファイバホルダーが磁石でくっつくんです。
光ファイバーをセットして、被覆除去して清掃してカットして、次のファイバーをセットするわけですが、その作業をするとなると、先程の指10本では足りなくなるんです。ですので、ホルダーを一時的に置く場所が欲しくなるんですが、S001のような小型の機種だと場所がない。液晶画面の上にも置けないし、ということで、側面にくっつくようにしました。
あと、先ほどお話した「アクロバティックな状況」で、こう融着機を縦に構える場合もあるんだそうです。その時に、融着機上部の加熱器のフタは閉じてしまうんですが、ここも磁石が仕込んであって開いたままにできるんです。実際は限られた状況で使う機能なのでしょうが、こういう機能も作り込みました。

国内仕様ということだと、ドロップ融着の専用ボタンや光ファイバーのカールリムーブ機能などは国内向けならではの機能だと思います。
ドロップケーブルを使っている国がもう少数派なのですが、ボタンひとつで融着も加熱もドロップケーブル用の設定に一気に変更することができます。
カールリムーブ機能は、光ファイバーを適度に加熱することで、「曲がりグセ」を除いてまっすぐにしてやる機能です。既設の光ファイバーも敷設から長い期間が経っているものが増えてきて、結構曲がりグセがついている物が多いらしいです。これもお客様に聞くと、頻繁に利用されている方もいるそうです。
また、我々は「夜間モード」と呼んでいるんですが、フタの裏に手元を照らす照明がついています。通常、光ファイバーの融着をする際は、このフタをガバっと開けたほうが作業しやすいのですが、開けてしまうと明かりが当たらない。S001は、少しフタの接続部分をスライドさせてから開くと、風防角度調節機構により、ちょうどよい角度でフタが止まって、作業している箇所をライトが照らしてくれるんです。

なるほど、細かな機能でもお客様の声を活かして開発されているのですね。
あと、このファイバクランプレバーをカチカチと押してやることで、光ファイバーを押さえてV溝にしっかりと収めることができるんです。昔はこういうものをモーターでやっていたりもしたのですが、意外とうまくいかなくて。やっぱり手で、職人さんの腕にお任せしたほうがうまくいくし、うまく収まると気持ちも良いみたいです。

細かなところまで心配りが行き渡っていることに終始感銘を受けました
プロの心をくすぐると言うか、機能的にも便利だし、使う人の満足感にもつながるような興味深いお話ですね。
この機能は、昔の融着機だと手作業でなんとかしてくれというものだったのですが、その後機械が全部やるようになりました。今では再び手で調整することで微妙なさじ加減を効かせられるのが売りになっています。ホームセンターの工具でもプロ用と日曜大工用を比べてみると、プロ用の商品のほうが「使いこなしてみたい」という気持ちを刺激するじゃないですか。結果的にS001はそういう融着機になったと思います。
小さい本体にミッチリと機能が収まっているのが本当にすごいですね。
そういう意味ですと、販売してからお客さんにいただいたのが、「かゆいところに手が届く」っていうお褒めの言葉で。「かゆいところに手が届く融着機」と言わせてもらっています。
ユーザーからのお声を反映させながら開発されるにあたって困難だったことはありましたか?
お客様の声を吸い上げるときの苦労というと、まずご意見を聞いて、それを全部吸収したものを作るわけです。私達としてはもうこれで量産しようと思って、試作品ができたんで見てくださいっていうと、また違う意見が出ちゃう。ものがあって、触れると意見が出てくるんですよ。
今回はせっかくだから皆さんがいいと思うものを作りましょうってことで、結構長いことお客様の声を聞いて回りました。
職人の最高の「相棒」を目指して
S001は機械としての見た目や手触りも、職人の皆さんの「相棒」たるに相応しいものになっているように思います。
量産化にあたってコストダウンをしないといけないところは確かにあります。プラスチックにしているパーツもあります。ただ、金属の手触りがある機械って、なんかかわいいじゃないですか。S001はトップカバーにマグネシウムという軽い金属を利用しています。
カバーの色合いは「銅」の色なんです。いままでは製品の色のことをあまり気にしたことがなかったのですが、改めて考えてみると、当社の祖業である「銅」の色はどうだろうと。実物の銅のインゴットを見ると、当社の創業者が明治時代に定めたヤマイチマークが掘ってあって、銅の輝きと重量感がカッコイイわけです。で一度製品を全部これで統一してみようかということで、S001とホットストリッパとファイバカッタを銅色にしてみました。全部揃ってくるとカッコイイです。
取材ということで今日つけてきたこのネクタイもこの融着機の銅色と合わせていて、小さい模様がヤマイチマークなんです。S001をデザインした専門の会社さんに特別に作っていただいたものです。

e431との連携に期待
逆にこちらからの質問なのですが、e431さんがターゲットとされているお客様についてお聞きしたいです。S001をご購入頂いているお客様はどのような方が多いでしょうか。
当社でもS001は販売開始当初から取り扱いをしております。ご利用いただいているお客様は、幹線系の工事に携わる大手のお客様というよりは、中堅どころから小規模な事業者様が多いようです。
なるほど、実は当社でも販売戦略を考える時に、規模の大きなお客様向けの戦略というのは比較的考えやすいのですが、今のお話にあったような、全国にいらっしゃる中~小規模のお客様を隅々までどうやって回るのか、というのは社内の会議でも議論になることがあります。
e431さんを通して当社がリーチしにくいお客様にもご利用いただけると嬉しいです。
ありがとうございます。そこはお客様も含めてウィンウィンの関係を築いて行きたいと思っています。当社としてもお客様との接点を活かして、よりよい製品づくりに貢献できると、非常にやりがいも感じます。お客様にも新製品のメリットをお返しできそうです。
私は会社に入った1990年以来、基本的にはずっと融着接続機に関わってきました。
一時期は世の中で使われる融着機も安い製品が売れる時代がありましたが、我々としては、そこではなくて、いいものを使いたいというお客様を見つけて、そこに一生懸命注力しています。
光の技術的な側面でもイノベーションが起こっていて、どんどん繋ぐのが難しい光ファイバーというものが出てきています。
そうするとですね、嬉しいんです。もっと融着接続機を良くしないと対応できないようになってきているので。そうなってくると技術の勝負になる。
これが技術屋としてはもう楽しくてしょうがない。
そういう時代に戻ってきているので、我々としてはとにかくわくわく仕事をしています。
ぜひe431の皆さんともこのわくわく感を共有して楽しく仕事をするという輪を広げていきたいと思っています。
あとはもう頑張ってe431のお客様にもS001の素晴らしさをアピールしていくだけですね。本日は長いお時間を頂戴いたしまして、ありがとうございました。

✍ インタビューを振り返って
新型融着機S001の開発をリードして来られた、古河電工の田邉様へのインタビューは、日本市場における徹底的な顧客志向と、よりよい製品開発への情熱が強く伝わる内容でした。
インタビューを通して感じたのは、S001が単なる道具ではなく、職人の方たちにとっての「信頼できる相棒」として位置づけられていることです。開発に携わる方々が、「職人の心をくすぐる製品を届けたい」という思いを胸に、顧客の声を丁寧に拾い上げ、製品に反映していったことがS001の完成度の高さにつながっているのでしょう。
私たちe431もS001のような優れた製品を通じて、お客様のニーズにお応えし、より工事事業の環境を良くする一助となりたいと、改めて感じました。
今後も古河電工様との連携を強化しつつ、現場の声を製品に反映させるお手伝いをしていきたいと思います。